

創業は1933年。阪急電車が路面を走っていた頃から、この街の暮らしを見続けてきた老舗だ。かつて芦屋で暮らしていた谷崎潤一郎が訪れたこともあるという。
大利昭文堂の店主夫妻。大利信一さんと利佳さん
祖父の代から書店を営んでいるが、その前は、素麺づくりを生業としていた。「芦屋川に水車があった昔、この辺りは水車臼で挽いた小麦を使って作る、そうめんの産地だったんですよ」と3代目の店主・大利信一さんが教えてくれる。
山手の住宅街には、使わなくなった臼が石垣の一部として埋め込まれた壁が残っていて、今でも見ることができるという。街の記憶は意外なところに刻まれているものだ。
現在は児童書の新本をメインに取り扱っている店内の本棚には、セロファンに包まれた絵本がずらり。一冊ずつ丁寧に包まれたその姿は、この街のギフト需要の高さと、絵本に興味を持った小さな子が咄嗟にパッと掴んでもいいようにとの配慮がうかがえる。
絵本講師でもある妻の利佳さんが今おすすめするのは、豊福まきこ作『おくりもの』。
自分のとげとげしたハリが嫌いなハリネズミくんが、あるきっかけから「嫌い」を「好き」に変えるために行動を起こす、やさしい物語だ。
『おくりもの』豊福まきこ/BL出版
子どもがひとりでふらりと入ってくることも珍しくない。親から「何かあったらここで待たせてもらいなさい」と言い含められている子も多いという。本屋さんが街の安全基地だなんて、素敵だ。本棚の前で、誰かを待つ。大人であれ、子どもであれ、それが許される場所がある街は、豊かだと思う。
とりわけユニークなのが、2026年の1月から店の半分をアウトドア用品店の「好日山荘」が間借りしていること。入口は別々にあるが、中では繋がっている。

これまでにも、いくつかの出店オファーがあったが、スペースを貸し出したのは今回の「好日山荘」が初めてだと信一さんは言う。理由は六甲山の玄関口という、この街の文脈に合っていたから。従来の大型店のイメージとは異なる、小さな登山支援拠点。
好日山荘ROKKO -BASE 芦屋川の店長・大久保 伸哉さん

ルートの相談をして、足りない装備や携行食を補い、山へ向かう。そういう使い方が、ここでは自然にできる。初心者に嬉しいレンタルサービスもある。7月28日までの期間限定とのことだが、続投を希望する声は多い。
「好日山荘」との縁で新設された山岳関連書の棚には、ルートマップや登山専門誌に混じって、芥川賞を受賞した山岳小説、松永K三蔵著『バリ山行』が並ぶ。六甲山を舞台にした物語を六甲山の玄関口で買うのも乙なもの。
『バリ山行』著:松永K三蔵/講談社
芦屋ゆかりの作家コーナーには、椹野道流氏の漫画原作の『最後の晩ごはん』。
なんと第17巻には、「大利昭文堂」も登場するという。
『最後の晩ごはん』 漫画:森永あぐり/漫画原作:椹野道流/キャラクター原案:くにみつ
本の中に自分たちの店がある。誇らしいというよりは、くすぐったいような笑みを浮かべて利佳さんが紹介してくれた。
書店巡りをする本好きさんが集める御朱印こと“御書印”のスタンプを押してもらいながら、登山靴のレンタルが1泊2日550円と書かれたポップが目に留まる。

道具一式を揃えるハードルがグッと低くなり、山が少しだけ身近になった気がした。駅前で見かけた、山へ向かう人たちの表情を思い出す。本格的に暑くなる前に、一度挑戦してみるのもいいかもしれない。
山へ向かう際には、店主の信一さんが話してくれた“水車臼の壁”を忘れずに探してみようと思う。

静かにページをめくることと、山道を踏みしめることは、案外同じことなのかもしれない。どちらも、自分の意思で世界を広げていく行為だから。
大利昭文堂
https://ootoshi-books.jp/
兵庫県芦屋市月若町8-1
月〜金 7:00~19:00
土 9:30~18:30
祝日 10:00~18:00
日曜定休
好日山荘ROKKO -BASE芦屋川
https://www.kojitusanso.jp/shop/kinki/rb-ashiyagawa/
兵庫県芦屋市月若町8-1(大利昭文堂内)
2026年1月30日(金)~2026年7月28日(火)(予定)
8:00~16:30(11:30~12:30は休憩時間)
水曜定休
