花の手入れをしているビルの管理人らしき老夫婦に会釈をして、階段で3階に上がっていく。
廊下に小さな看板がかかる、その一室が「風文庫」だ。

絵本を壁いっぱいに面陳列したい、という長谷川さんの思いからこの店は始まったというのが伝わる、ご自慢のディスプレイ
2019年5月にオープンした「風文庫」の店内は、大きく分けて3タイプの棚づくりとなっている。
店主の長谷川貴子さんが好きなものだけをピンポイントで選んで仕入れる新本、持ち込みや買い取りによる古書、そして棚ごとにオーナーが異なる「芦屋みつばち古書部」という具合に。
「風文庫」店主の長谷川貴子さん
古書の割合が高めだが、店内は古書店特有の物理的あるいは空気的な閉塞感がない。
明るく、風通しがいいのは、このビルが元々、人が暮らすためのマンションだからだろうか(現在も住居として使われている部屋がいくつかあるとのこと)。
本好きの友人宅に遊びにきたような、そんな居心地の良さを感じる。
大阪・阿倍野の古書店から”分蜂”してきた壁面の棚。同じサイズの箱なのに、それぞれの個性がにじみ出ている。行儀良く箱が並んだ様は“本のマンション”のよう
部屋の一角には、ガスストーブ置き場と思しき、タイル造作台が残っている。
マンションらしからぬ暖炉のマントルピース的な重厚さに、「うわぁ、芦屋だなー」という心の声が思わず漏れてしまった。
レトロなタイルの暖炉風のコーナーは、個展のギャラリースペースとして活用
長谷川さんにおすすめの本を尋ねると、”ひとり出版社”の先駆け的存在として知られる「夏葉社」から出ている本を2冊紹介してくれた。
『さよならのあとで』と『本屋で待つ』。
『さよならのあとで』詩:ヘンリー・スコット・ホランド/絵:高橋和枝/夏葉社『本屋で待つ』著:佐藤友則/島田潤一郎/夏葉社
『さよならのあとで』は「夏葉社」の代表・島田潤一郎さんが、この本を出版したい、とたった一人で会社を立ち上げたきっかけになった詩集。
『本屋で待つ』は、島田さんを追ったドキュメンタリー映画『ジュンについて』の中で、この本の制作過程もエピソードの一つとして描かれているので、裏側まで併せて味わうことのできる作品だ。
「この、“ゆっくり、元気になる”っていう帯もいいんですよね」と表紙をひと撫でする長谷川さんの仕草に愛おしさが滲む。
コスパやタイパという言葉が似合わない場所が、まだあることにホッとする。
本棚の前は、そのひとつだ。
もう1冊は、村上春樹の『風の歌を聴け』。
『風の歌を聴け』著:村上春樹/講談社
「これから芦屋に住むなら読んでみるといいかも。芦屋の空気感がよく出てる」とハルキストであり、芦屋育ちの長谷川さんらしいチョイス。
「風文庫」には阪神間を中心に、遠くからも足を運んでくるお客さんが多い。
一方で、雨の日などには、ご近所さんがふらりと現れて、
「どこにも行けないし、本でも読もうかな」と棚を眺めていく。
派手な遊び場のないこの街の日常に、本は非日常をそっと差し込んでくれる存在なのかもしれない。

声をかけると、長谷川さんは本選びを手伝ってくれる。
最近読んだ本や今の心境に耳を傾けながら、その人だけの一冊を探していく。

常連さんともなると、これまでどんな本を手に取ってきたかを把握していて、次のおすすめを先回りすることも。買取りのときに顔が浮かび、「これ絶対、あの人が好きだな」とニヤッとしながら本を並べることもあるという。
次の読み手へきちんと渡すために、古書の状態には敏感でいたい、と長谷川さんは言う。
大切なものを次へ繋いでいく、その姿勢は、住まいを手入れして住み継ぐことと、どこか似ている。
窓際には小さな読書スペース。
白いレースのカーテンが風をはらんで、頬を撫でていった。

「風文庫」の“風”は、何が由来なのだろう。
芦屋川を吹き抜ける山からの風?海からの風?それとも村上春樹の、あの「風」だろうか。
次に訪れたとき、長谷川さんに訊いてみようかな。
きっと、ふわりと笑ってから、教えてくれる気がしている。
風文庫
https://www.instagram.com/kazebunko/
兵庫県芦屋市西山町11-6ムツミマンション303
11:00〜18:00
火木曜定休
